ボドミン・ムーアの野獣——英国政府が6か月調べた「荒野の黒い大型ネコ」:1メートルのポールで縮んだ写真、敷物から外れたヒョウの頭骨、2023年のDNAを検証する
英国コーンウォールのボドミン・ムーアでは1970年代末から「黒い大型ネコ」の目撃と羊の被害が続いた。1995年、政府の依頼で6か月調査したADASは「検証可能な証拠はない」と結論づけた。その直後にフォイ川で見つかったヒョウの頭骨は、輸入された毛皮の敷物の一部だった。1976年の危険野生動物法、1980年に捕まったピューマ、2023年のDNAまでを整理し、「いたことがある」と「今も繁殖している」を分けて検証する。
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はじめに——政府の報告書と「豹の頭骨」が同じ週に出た
イングランド南西部、コーンウォール州の内陸に広がるボドミン・ムーア。花崗岩の丘と湿った草地が続き、羊とポニーが放牧されている荒野だ。1970年代の終わりごろから、ここで「黒くて大きな猫」を見たという話が繰り返し出てきた。羊が食い殺されたという届け出も重なり、地元の人々はそれを「ボドミンの野獣(ビースト・オブ・ボドミン)」と呼ぶようになった。
この騒ぎは、1995年7月に一つの山場を迎える。英国政府の農漁食糧省(MAFF)が依頼した調査の報告書が「大型ネコ科動物がいるという検証可能な証拠はない」と結論づけた。ところが、その発表から1週間もたたないうちに、ムーアを流れるフォイ川のほとりで少年が牙のついた大きな頭骨を拾った。ロンドン自然史博物館の鑑定結果は「若いオスのヒョウ」だった。
否定の報告書と、それを覆すような物証。普通ならここで話は「政府の負け」になる。しかし、博物館の結論にはもう一文続いていた。この頭骨はヒョウの毛皮の敷物の一部として英国に持ち込まれたものだ、というのである。
本記事は、ボドミンの野獣をめぐる約半世紀の記録を、報告書・頭骨・法律・DNAの4つの手がかりから整理する。そのうえで、「英国の荒野に大型ネコがいるか」という問いを、「いたことがあるか」と「今も繁殖しているか」の2つに分けて考える。

第1章:エクスムーアから始まった「荒野の猫」
ボドミンの野獣を理解するには、まず隣のデヴォン州に目を向ける必要がある。1983年、エクスムーア近くの町サウス・モルトンの農家エリック・リーが、3か月で100頭以上の羊を失ったと訴えた。どの羊も喉に傷があったという。この「エクスムーアの野獣」は全国ニュースになり、デイリー・エクスプレス紙は映像に懸賞金をかけ、政府は海兵隊の狙撃手を現地に送った。結局、獣は撃たれず、捕まりもしなかった。
ボドミンの目撃は、記録上は1978年ごろから始まったとされる。1980年代から90年代にかけて、ボドミン・ムーア周辺の目撃はおよそ60件にのぼったといわれる。目撃談の多くは「黒い」「ラブラドール犬くらいの大きさ」「長い尾」という特徴を共有していた。
国が狙撃手を出した前例があったから、ボドミンの羊が死ぬたびに「次は政府が調べるべきだ」という声が上がった。
1990年代に入ると、羊の被害を訴える農家の声は議会にも届いた。MAFFは環境コンサルタント会社ADASに調査を依頼する。依頼の理由は、地元住民の「そうした動物が定着し、家畜に重大な脅威となるかもしれない」という懸念が続いていることだった。
第2章:1995年のADAS報告書——1メートルのポールが測ったもの
ADASの調査期間は6か月だった。調査班は目撃談、ビデオ、写真、家畜が殺された・傷ついたという届け出を集め、一つずつ確かめた。英国の未確認動物騒ぎで、政府がここまで手順を踏んで調べた例は多くない。結果は次の表のとおりである。
| 証拠 | 調べ方 | 結論 |
|---|---|---|
| 石垣の上の「2頭の大型ネコ」の報道写真 | 同じ場所で1mの測量ポールを立てて撮り直す | 肩の高さ30cm以下。飼い猫 |
| 日中の写真・ビデオ | 背景の物で大きさを測る | 黒い動物は飼い猫より大きくない |
| 夜間の「光る目」の写真 | 瞳の形を見る | 縦に細い瞳。ヒョウの瞳は丸いため飼い猫 |
| 足跡の石膏型3つ | 形と大きさの比較 | 2つは猫、1つは犬 |
| 食い荒らされた羊 | 現場での追跡調査 | アナグマ・カラス・キツネが、自然死した羊を食べた跡 |
特に面白いのは、最初の報道写真の検証だ。写真の中の黒い獣は、石垣の上で堂々と大きく見えた。しかし同じ位置にポールを立てると、肩の高さは30cmに届かなかった。写真には大きさの基準になる物が写っていなかったため、見る人が頭の中で大きさを補ってしまったのである。
夜の写真の判定も筋が通っている。ヒョウやピューマなど大型ネコの瞳は、明るい場所でも丸く縮む。縦に細い瞳は、イエネコのような小型ネコの特徴だ。暗闇で光る目の大きさは距離が分からなければ測れないが、瞳の形なら距離に関係なく判断できる。
報告書は最後に「検証可能な証拠はない」と書いた。ただし同時に、大型ネコが「いない」ことは証明できないとも明記した。これは逃げ口上ではなく、調べ方の限界を正直に書いたものだ。ある動物がいないことを証明するには、荒野全体を常に監視するしかない。ADASが示したのは「集まった証拠はどれも大型ネコを示していない」ということまでである。
第3章:フォイ川の頭骨と「敷物」
報告書の発表から1週間もたたない1995年7月、少年がフォイ川で頭骨を見つけた。大きな牙が2本ついていて、見た目は明らかにイエネコのものではなかった。新聞は「野獣の証拠か」と大きく報じた。
自然史博物館の鑑定は、頭骨が若いオスのヒョウのものだと確かめた。ここまでなら「ボドミンにヒョウがいた」という話になる。しかし博物館は、頭骨の後ろ側が敷物に頭部を取り付けるための切り方で切断されていることに気づいた。肉や皮が付いていた形跡もなく、川で死んだ動物の骨には見えなかった。結論は、輸入されたヒョウの毛皮の敷物から外れた頭部、つまり誰かが捨てたか、いたずらで川に置いたものだった。
編集部が注目したいのは、タイミングである。報告書の否定と頭骨の発見が同じ週に重なったのは、偶然とも、報道を見た誰かのいたずらとも考えられる。どちらにしても、この一件は「物証がある」と「その物証が何を示すか」は別の問題だという教訓を残した。本物のヒョウの骨は、ヒョウがムーアで生きていた証拠にはならなかった。
第4章:1976年の法律と「放された猫」説
では、目撃談はすべて見間違いなのか。肯定派が根拠にするのが、1976年の危険野生動物法である。1960年代から70年代の英国では、ピューマやヒョウを自宅で飼うことが一種の流行になっていた。この法律で、危険な動物を飼うには自治体の許可が必要になった。許可料や檻の基準を嫌った飼い主が、動物を田舎に放したのではないか、という説だ。英国大型ネコ協会の創設者は、2010年の情報公開請求で、この法律のもとで許可を受けて飼われている動物が合計4,296頭いたと紹介している。
放された猫が実際にいたことは、記録でも確かめられる。1980年、スコットランドのインヴァネス州でピューマが生きたまま捕獲された。ハイランド野生動物公園に引き取られて「フェリシティ」と名づけられたこのピューマは、人によく慣れていて、園長によれば「くすぐられるのが好きだった」。野生で育った動物ではなく、誰かに飼われていた動物だったことはほぼ間違いない。
さらに2013年、古生物学者ダレン・ナイシュらの研究が、話をもっと昔にさかのぼらせた。ブリストル博物館の収蔵品の中に、1903年にデヴォンで撃たれたカナダオオヤマネコがあった。歯の状態から、長く飼われていたと考えられた。研究者たちは、1976年より前から外来のネコが野外に出ていたことを示し、一つの法律ですべてを説明するのは無理があると論じた。
外来のネコが英国の野外に「出たことがある」のは事実である。問題は、出た猫が「増えたか」どうかだ。
第5章:DNAと歯形——2020年代の新しい証拠
21世紀に入ると、証拠は写真から分子へ移った。2022年にはグロスターシャーで、羊が殺された現場近くの有刺鉄線から黒い毛が見つかった。ミトコンドリアDNAの分析で大型ネコと高い割合で一致した、とドキュメンタリー番組が報じている。ただし、これは番組を通じて発表された結果で、査読付きの論文にはなっていない。
より注目されたのは、カンブリア州の事例だ。2023年10月、湖水地方の丘陵の農場で、住民のシャロン・ラーキン=スノーデンが内臓だけを食べられた新しい羊の死骸を見つけた。彼女は、死骸を食べていた「ジャーマン・シェパードほどの」黒いネコを驚かせて逃がしたという。彼女が羊の鼻や脚から採った綿棒を、ウォリック大学のロビン・アラビー教授が分析したところ、ヒョウ属(パンテラ属)のDNAが検出された。2024年5月に報じられたこの結果は、英国で家畜の死骸から大型ネコのDNAが見つかった初めての例とされる。
一方、王立農業大学のアンドリュー・ヘミングスは、骨に残った歯形を調べる方法をとった。動物園のピューマと黒いヒョウに餌を与えて歯形の見本を作り、野外の死骸と比べたのである。彼は、ヒョウやピューマほどの大きさの外来ネコでなければ付かない歯形を5頭の死骸で確認したと主張している。
ただ、どの証拠にも注意点がある。カンブリアのDNAは「属」までの判定で、種は分からない。綿棒は専門家ではなく発見者が採ったもので、汚染の可能性も残る。歯形の比較はまだ研究者や関係者の間で十分に検証されていない。英国環境・食糧・農村省(Defra)は2019年の時点でも「野外で生きている、あるいは繁殖している大型ネコについて信頼できる報告は受けていない」という立場を変えていない。
第6章:編集部の分析——「いた」と「いる」は違う
ここまでの記録を並べると、議論が噛み合わない理由が見えてくる。肯定派と否定派は、実は別の問いに答えているのだ。
問い1:英国の野外に大型ネコが出たことはあるか。 答えは「ある」。1903年のオオヤマネコ、1980年のフェリシティ、Defraが2006年に公表した逃げた動物の一覧がそれを示している。カンブリアのDNAが本物なら、2023年にも少なくとも1頭いたことになる。
問い2:今も野外で繁殖し、群れを保っているか。 こちらの答えは「証拠がない」だ。ヒョウの寿命は長くても20年前後である。1976年に放された猫は、とうに死んでいる。2020年代の目撃を説明するには、英国の荒野で何世代も繁殖が続いていなければならない。そうなると数十頭単位の個体が必要になる。
ここで効いてくるのが交通事故の死骸という基準だ。英国は道路網が細かく、アナグマやキツネは毎年おびただしい数が車にはねられている。数十頭のヒョウが何十年も暮らしていれば、1頭くらいは道ばたで死んでいるはずだ。しかし、繁殖した野生の大型ネコの死骸は、これまで1体も見つかっていない。
では、目撃談はどこから来るのか。ADASの調査が示したのは、大きさの基準がない場面では、黒い猫は簡単に「大型ネコ」に見えるということだった。作家のジョージ・モンビオは、人は大型ネコの「型」を頭の中に持っていて、思いがけない場所で動物を見るとその型に当てはめてしまう、と指摘した。英国大型ネコ協会が2004年4月から2005年7月までに2,123件の目撃を集めたという数字は、猫の数ではなく、「型」がどれだけ広く共有されているかの指標として読むほうが筋が通る。
日本にも参考になる点がある。日本では動物愛護管理法で、ライオンやヒョウなどの「特定動物」を飼うには許可が要り、2020年からはペットとして飼うことそのものが禁じられた。規制を強めれば、飼い主が手放した動物の行き先が問題になる。英国の1976年の経験は、規制を作るときには引き取り先も一緒に用意しなければならないことを示している。
結論——測量ポールを持って荒野へ
ボドミンの野獣について確実に言えることは、次の3つである。外来の大型ネコが英国の野外に出たことは何度もある。1995年の政府調査が集めた証拠は、どれも大型ネコを示していなかった。そして、ムーアで見つかった唯一の「ヒョウ」は、敷物の一部だった。
編集部は、目撃者が嘘をついているとは考えない。黒い動物を見て驚いた体験は本物だろう。ただ、写真に1本の測量ポールが写っているだけで、野獣は飼い猫に縮んだ。ボドミンの事例が教えてくれるのは、未確認動物を調べるとき、何を見たかより先に「何と比べて大きかったのか」を確かめることの大切さである。カンブリアのDNAのような新しい証拠も、その基準で落ち着いて見ていけばいい。
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