グロスターの大海蛇1817——学会が「新属」を立てた体長90センチのヘビ:11人の宣誓証言と25の質問、こぶ13〜32個のばらつき、捕まえたらクロマグロだった1818年を徹底検証
1817年8月、米マサチューセッツ州グロスターの港に、こぶを並べて泳ぐ巨大な「海蛇」が現れた。ニューイングランド・リンネ学会は11人の証人を個別に呼んで25の質問をし、浜で見つかった体長90センチのヘビに新属の学名まで与えたが、それは背骨の曲がったクロヘビだった。翌年、船長が捕まえた「怪物」はクロマグロ。本記事は証言の長さ・こぶの数・速さを数字に直し、5つの仮説を採点して、200年前の調査の功罪を検証する。
日本語翻訳
はじめに——科学者が「本物」と認めた海の怪物
1817年8月、アメリカ東海岸マサチューセッツ州の港町グロスター。ケープ・アンと呼ばれる岬の内側にあるこの港で、漁師や船乗り、町の人々が、海面にこぶを並べて進む巨大な蛇のような生き物を見た。目撃は数日つづき、見物人は数百人にのぼったと伝えられる。
UMAの話としては、よくある始まり方だ。ところが、この事件にはほかと違う点がひとつある。地元の学会が正式に調査委員会をつくり、証人を一人ずつ呼んで質問し、報告書を出版したのだ。しかもその報告書は、怪物の「子ども」とされる標本に新しい学名までつけてしまった。

本記事では、200年以上前に集められた証言を、編集部が数字に直して読み直す。そこから見えてくるのは、怪物の正体だけでなく、「きちんと調べたのに結論を間違える」という、いまのUAP調査にも通じる落とし穴である。
第1章:1817年8月——11人の証人と25の質問
目撃の中心は、1817年8月10日から14日ごろにかけてだった。船長のソロモン・アレンは12日にボートから姿を見て、翌日もほぼ一日中、14日にも短時間観察した。14日には20〜30人が同時に見ていたという。アレンの証言では、長さは80〜90フィート(約24〜27メートル)、頭は「ガラガラヘビに似た形で、馬の頭ほどの大きさ」だった。
同じ14日、船大工のマシュー・ギャフニーはボートで近づき、マスケット銃で頭を撃った。手ごたえはあったが、生き物は沈んで、少し離れた場所にまた現れたとされる。
ボストンの新聞が騒ぎを報じた8月18日、ニューイングランド・リンネ学会は特別委員会を立ち上げた。メンバーは、連邦地方裁判所の判事で学会長のジョン・デイヴィス、医師で植物学者のジェイコブ・ビゲロー、そしてフランシス・C・グレイの3人。委員会は地元の判事を通じて、目撃者11人を別々に呼び、あらかじめ用意した25の質問に答えさせ、宣誓させた。
これは当時としてはかなり進んだやり方だった。証人どうしが話を合わせないよう個別に聞き、全員に同じ質問をする。現代の事故調査や、AAROの目撃報告フォームと発想は同じである。この事件が200年後も検証できるのは、このとき記録がきちんと残されたからだ。
第2章:証言を数字に直す——そろう点、ばらつく点
委員会の報告書や当時のビラ、新聞から、証言の数字を並べてみる。
| 項目 | 証言の幅 | ばらつき |
|---|---|---|
| 体の長さ | 45〜50フィートから、80〜90、100フィート超まで | 約2倍以上 |
| こぶの数 | 13、15、20、32個など | 約2.5倍 |
| 胴の太さ | 「樽ほど」「周り約3フィート」 | 比較的そろう |
| 色 | 上は暗い茶色、腹側は白っぽい | そろう |
| 動き | 体を上下に波打たせて進む | そろう |
| 見え方 | 「網に付けたブイが一列に並んだよう」 | そろう |
この表から、はっきりした傾向が読みとれる。「どう見えたか」はそろっているのに、「どれだけ大きいか」「いくつあるか」はばらばらなのだ。
理由は単純である。海の上では、目の前の物の大きさを、距離がわからないまま見積もるしかない。たとえば長さ18メートル(60フィート)の物を400メートル(約4分の1マイル)先から見ると、見かけの幅は約2.6度。月の直径の5倍ほどだ。ところが、もし実際の距離が200メートルなら、同じ見かけの幅の物は9メートルしかない。距離を2倍に見誤れば、長さも2倍に見誤る。 波の上に目印はないので、証言の長さが2倍以上ばらつくのは、むしろ自然である。
こぶの数も同じだ。波が高くなったり低くなったりするたびに、見えるこぶの数は変わる。13個と32個という差は、「別の怪物」ではなく「別の瞬間」を見ていたと考えれば説明できる。
もう一つ注目したいのが動きの向きだ。ヘビは体を左右にくねらせて泳ぐ。ところが証人たちは、体を上下に波打たせていたと口をそろえる。上下に体を動かして泳ぐのは、クジラやイルカ、アザラシなどの哺乳類のやり方だ。あるいは、何匹もの動物が一列に並び、順番に水面から背中を出しても、遠目には「上下に波打つ1本の体」に見える。証言のうち、いちばん信頼できる部分が、すでに「ヘビではない」と言っているのである。
第3章:「スコリオフィス・アトランティクス」——学会がつくった新属
調査はここで、思わぬ方向へ進む。
9月27日、グロスターの住民ゴーラム・ノーウッドが、海岸近くで長さ約3フィート(約90センチ)のヘビを見つけて殺した。このヘビの背中には、こぶのような盛り上がりが並んでいた。
委員会はこれを、大海蛇の子どもだと考えた。親と同じく背中にこぶがある、というのが理由である。11月にまとめられた報告書は、このヘビにScoliophis atlanticus(スコリオフィス・アトランティクス、「大西洋の曲がったヘビ」の意)という新しい属と種の名前をつけた。
しかし、このヘビはまもなく別の博物学者たちに調べ直され、この地方にふつうにいるクロヘビ(ブラックレーサー)が、背骨の病気で曲がっていただけだとわかった。こぶの正体は、ゆがんだ背骨だったのである。
ここに、この事件のいちばん大事な教訓がある。委員会のデータの集め方は優れていた。間違えたのはデータの使い方だ。
「背中にこぶがある怪物がいる」という結論を先に持っていたから、「背中にこぶがある小さなヘビ」がその証拠に見えた。
これは「確証バイアス」と呼ばれる心の働きだ。もし委員会が「ふつうのヘビで、背骨が曲がる病気の例はないか」と先に確かめていれば、新属は生まれなかった。UFO・UAPの世界でも、正体不明の金属片や映像が「宇宙人説の証拠」として扱われ、あとでありふれた物だとわかる例は少なくない。200年前の学会と同じ間違いは、いまも起きている。
第4章:1818年、捕まえた「怪物」はマグロだった
翌1818年の夏も、目撃はつづいた。今度は捕まえようとする人たちが現れた。
8月20日、リチャード・リッチ船長の船がついに銛を打ち込んだ。船長は「クジラに打ち込むのと同じくらい、しっかり刺さった」と書き残している。生き物は180フィート(約55メートル)の綱を引き出したあと、銛が抜けて逃げた。
それから約3週間後、リッチ船長の一行は大きな魚をしとめて浜に引き上げた。人々は大海蛇かと期待したが、それは当時「ホース・マッカレル(馬サバ)」と呼ばれた魚——現在のタイセイヨウクロマグロだった。
この話は笑い話として語られることが多い。しかし編集部は、ここに正体の重要な手がかりがあると考える。
目撃が8月に集中していることに注目したい。 タイセイヨウクロマグロは、夏から秋にかけてメイン湾一帯へ餌を追って北上してくる。グロスターはいまでもクロマグロ漁で有名な港で、その漁を追ったアメリカのテレビ番組の舞台にもなっている。つまり目撃の季節と場所は、マグロの季節と場所にぴったり重なる。
数字も合う。報告書には「1〜2マイルを3分で進んだ」という証言がある。1マイル3分なら時速約32キロ、2マイルなら時速約64キロ。クロマグロは魚の中でも特に速く、短時間なら時速60キロを超えるとされる。群れで一列になって泳ぎ、背びれや背中を次々に水面に出せば、「ブイを一列に並べたような、上下に波打つ長い体」ができあがる。
第5章:5つの仮説を並べて採点する
これまでに出された主な説を、証言の「そろっている点」に照らして比べてみる。
| 仮説 | 上下の動き | こぶの列 | 速さ | 弱点 |
|---|---|---|---|---|
| 未知の巨大な海蛇 | × | ○ | ○ | 死骸も骨も一度も見つかっていない |
| イッカク(ニッケル、2019年) | ○ | △(群れなら) | △ | 北極の動物で、マサチューセッツはあまりにも南 |
| クロマグロやイルカの群れ | ○ | ○ | ○ | 「頭」や「角」の証言は説明しにくい |
| 網・ボートを引きずるクジラ(2023年の説など) | ○ | ○(ブイ) | △ | 漁具の目撃証言がない |
| 集団の思い込み・作り話 | — | — | — | 船長や船大工など多数の宣誓証言と合わない |
調査家ジョー・ニッケルは2019年、一部の証人が頭に「4フィートのとげ」や「やり」があったと話している点に目をつけ、イッカクの牙だと考えた。たしかに牙の説明としては魅力的だが、イッカクは北極の海にすむ動物で、ニューイングランドで見られた記録はきわめて乏しい。
編集部の見立てはこうだ。「1種類の動物」で全部を説明しようとしなくてよい。 3年間に何十件も積み重なった目撃は、マグロの群れ、イルカやクジラ、ときには別の大きな魚など、いくつもの「海の現象」が、すでに広まっていた「大海蛇」という一つの名前に吸い寄せられた結果と考えるほうが自然である。頭に「やり」があったという証言についても、ニューイングランド沖に夏に現れ、背びれと尾びれを水面に出してゆっくり泳ぐことのあるメカジキの吻(ふん)が混ざった可能性を、編集部は候補として挙げておきたい。
第6章:怪物は町の「名物」になった
騒ぎはグロスターだけでは終わらなかった。1819年には、ボストン近くの保養地ナハントの沖でも目撃が相次ぎ、浜に見物人が集まった。1941年のボストン・グローブ紙の集計では、19世紀前半だけでグロスターからボストンにかけて87件の目撃があったとされる。記録上いちばん新しい目撃は1960年7月である。
一方で、冷めた目もすでにあった。1819年には劇作家ウィリアム・クラフツが、この騒ぎをからかった芝居『大海蛇、またはグロスターのほら話』を書いている。信じる人と笑う人が同時にいた——これは今日のUFO報道ともよく似た光景だ。
結論——良い記録は、間違った結論より長生きする
グロスターの大海蛇は、たぶん1匹の怪物ではなかった。証言をていねいに数字に直すと、上下の動き、ブイのようなこぶの列、8月という季節、時速30〜60キロという速さ——どれもが、夏のメイン湾に集まる速い魚や海の哺乳類を指している。
それでも、1817年の委員会の仕事は無駄ではなかった。新属スコリオフィスは消えたが、11人の宣誓証言と25の質問は残り、200年後の私たちが別の答えを出す材料になった。結論は間違えても、記録が正しければ、後の世代がやり直せる。
UAPの調査がいま求められているのも、同じことだろう。急いで「正体」を決めることより、いつ、どこで、どの距離で、何が見えたかを、あとで誰でも調べ直せる形で残すこと。グロスターの港は、その大切さを200年前から教えている。
関連記事:クラーケンとダイオウイカ / ニューネッシー1977——瑞洋丸の死骸 / オゴポゴ——オカナガン湖の「こぶ」 / ネッシー1933 / UMAまとめ / UAPとは