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オラン・ペンデク——スマトラの森の「背の低い人」:1923年の目撃、15年の調査、毛のDNAはマレーバクだった

翻訳公開日
2026年10月16日
原文公開日
2026年10月16日
原著者
PURSUE//JP 編集部
オラン・ペンデク——スマトラの森の「背の低い人」:1923年の目撃、15年の調査、毛のDNAはマレーバクだった
◈ 日本語要約

インドネシア・スマトラ島の森に、背丈1メートル前後で二本足で歩く毛深い生き物がいる——「オラン・ペンデク」は、研究者の間でも実在してもおかしくないと言われてきたUMAだ。1923年ごろのオランダ人の目撃、マーティアとホールデンによる15年の調査、2014年のDNA分析で毛がマレーバクと判明した経緯、フローレス島の小型人類との関係を、編集部が年代順に整理する。そのうえで、なぜ100年たっても見つからないのかを検証する。

日本語翻訳

はじめに——「いちばん見つかりそうなUMA」は、なぜ見つからないのか

インドネシア・スマトラ島の山深い森に、背丈1メートル前後で、二本足で歩く毛深い生き物がいるという。現地の言葉で「オラン・ペンデク(Orang Pendek)」。意味は「背の低い人」だ。

ビッグフットやイエティと同じ「獣人型UMA」の仲間だが、オラン・ペンデクには他と違う特徴がある。研究者や動物学者の間でも「実在してもおかしくない」と言われることが多いのだ。体が小さいので、巨大な類人猿ほど食べ物を必要としない。スマトラには今もオランウータンやトラが暮らす深い森が残っている。そして2004年には、隣の島々の先にあるフローレス島で、身長1メートルほどの絶滅人類が実際に見つかった。

それでも、100年以上たった今も、確かな写真も、骨も、DNAも出ていない。本記事では、オラン・ペンデクの記録を年代順にたどり、「期待される理由」と「見つからない理由」を両方から整理する。

オラン・ペンデク——スマトラの森に立つ小さな二足歩行の影と、調査の年表
PURSUE//JP 編集部作成のイメージ図。左は森の中の小さな人影の模式図、右は1923年から2025年までの主な出来事。

第1章:どんな生き物だと語られているか

目撃談をまとめると、オラン・ペンデクは次のような姿をしている。

項目語られている内容
背丈およそ80〜150センチ。大人の胸くらいまで
体短い毛で覆われ、色は黒っぽい茶色から灰色。肩幅が広くがっしりしている
歩き方地面を二本足で歩く。木の上より地上で見られることが多い
頭肩まで届く長めの髪のような毛がある、という証言が多い
場所スマトラ島中西部、クリンチ・スブラット国立公園とその周辺
食べ物果物、イモ、若い芽など。畑を荒らすという話もある

クリンチ・スブラット国立公園は、バリサン山脈に沿って広がるスマトラ最大の国立公園で、標高3800メートルを超えるクリンチ山を抱える。スマトラトラの重要なすみかでもあり、2026年にも森林省のカメラがトラの子ども2頭を撮影している。

森で暮らすオラン・リンバ(アナック・ダラム)の間では、森の小さな者たちの話が古くから伝わり、動物というより精霊に近い存在として語られることもある。


第2章:1923年——オランダ人が見た「顔が猿らしくない」生き物

西洋の記録に詳しい目撃談が残るのは、オランダがインドネシアを治めていた時代だ。

もっともよく引用されるのは、ファン・ヘルワールデンというオランダ人の証言である。土地の測量や狩りのために森へ入っていた彼は、1923年ごろ、木の枝にいる黒っぽい毛の生き物を見たという(年については1924年とする資料もある)。

腕は長く、脚は短い。足の指はふつうの形をしていた。そして顔は、猿のようには見えなかった。

彼は銃を持っていたが、人間に近すぎると感じて撃てなかったと語っている。この話は1924年にアメリカの新聞でも紹介され、同じころオランダの自然誌『熱帯の自然』にも南スマトラの「オラン・パンダク」の記事が載った。

最初の記録者は「撃たなかった」。オラン・ペンデクの歴史は、この「あと一歩で手が届かない」場面の繰り返しになっていく。


第3章:1989年〜——マーティアとホールデンの15年

20世紀後半、オラン・ペンデクを本気で追ったのが、イギリス人のデビー・マーティアだ。旅行ジャーナリストだった彼女は1989年ごろクリンチを訪れ、村人の話を聞くうちに調査を始めた。やがて自分でもその姿を見たと語っている。カメラを手にしていたのに、驚いて撮れなかったという。

1990年代半ばからは、英国の自然保護団体ファウナ&フローラ・インターナショナル(FFI)の支援を受け、写真家のジェレミー・ホールデンとともに本格的な調査を行った。2人は何年もかけて森の道を歩き、聞き取りをし、足跡を石こうで型取りし、自動撮影カメラを仕掛けた。

ホールデン自身も、1994年10月に国立公園の中でオラン・ペンデクを見たと証言している。このときも首からカメラを下げていたが、シャッター音で気づかれたくなくて撮らなかったという。

ここに面白い事実がある。2人は同じ地域で、めったに見られないスマトラシマウサギの調査にも関わっており、このウサギはその後のカメラ調査で実際に撮影された。

同じ森、同じ人、同じカメラで、珍しいウサギやトラは写った。けれど、オラン・ペンデクは写らなかった。この事実は、オラン・ペンデクを考えるうえでとても重い。


第4章:足跡と毛——「証拠」は何を語ったか

オラン・ペンデクの物的な手がかりは、主に足跡と毛だ。

年出来事結果
1990年代マーティアらが倒木のそばの足跡を型取り知られている霊長類と一致しないと評価されたが、論文にはならず
2001年英国の調査隊が毛と足跡を持ち帰る「未知の霊長類」とする見方が出たが、査読された発表はない
2009年英国の未確認動物調査団体CFZの遠征。毛とかじられたヤシを採集DNA検査に回されたが、決定的な結果は出ず
2014年オックスフォード大のサイクス教授らが獣人UMAの毛30点をDNA分析オラン・ペンデクとされた毛はマレーバクだった

2014年の研究は英国王立協会の学術誌に載った論文で、世界中の「イエティ」「ビッグフット」の毛のミトコンドリアDNAを読んだ。ほとんどがクマやウシなど既知の動物で、オラン・ペンデクとされた1点は白黒の体で知られるマレーバクだった。

1本の毛がバクだったからといって、いないとは言えない。ただ、科学の目で調べられた唯一の公開データが「既知の動物」だったことは、事実として押さえておく必要がある。


第5章:フローレス島の「ホビット」が変えたもの

オラン・ペンデクの話に大きな追い風が吹いたのは、2003年だ。

インドネシアのフローレス島にあるリャン・ブア洞窟で、身長1メートルほどの人類の骨が見つかった。2004年に「ホモ・フローレシエンシス」として発表され、「ホビット」の愛称で世界中のニュースになった。

当初、この人類はおよそ1万2000年前まで生きていたと考えられた。もしそうなら、つい最近まで、小さな人類がインドネシアの島で暮らしていたことになる。オラン・ペンデクは、その生き残りではないか——そんな想像が一気に広がった。

しかし、その後の調べ直しで、骨の年代はおよそ10万〜6万年前、石器も5万年前ごろまでと修正された。現生人類がこの地域に来たころには、すでに姿を消していた可能性が高い。さらに、フローレス島とスマトラ島は遠く離れており、フローレスの小さな人類は「島で体が小さくなった」と考えられている。スマトラのような大きな島にそのまま当てはめるのは難しい。

それでも「小さな人類が本当にいた」という事実は、オラン・ペンデクを「空想」から「考える価値のある仮説」へ押し上げた。


第6章:複数の視点から読む

肯定派の見方

- 証言の数と質:100年以上、村人、オランダ人、西洋の研究者と、立場の違う人々が似た姿を語っている - 生態的にありうる:小型なら少ない数でも暮らしていける。森は広く、人が入らない場所も多い - 前例がある:小さな人類(フローレス)や、長く見つからなかった動物(シマウサギ)が実際にいた

懐疑派の見方

- 見間違いの候補が多い:マレーグマは後ろ足で立ち上がって歩くことがあり、毛も黒い。テナガザルやフクロテナガザル(シアマン)も地上で二本足歩きをする。若いオランウータンという説もある - カメラに写らない:トラやウサギが撮れる森で、二本足の大きな動物だけが写らないのは不自然 - 証拠が論文にならない:足跡も毛も、査読された分析で「未知の霊長類」と示されたことは一度もない

文化の見方

- 森の民にとっては森の奥を守る存在でもある。生物かどうかだけで測ると、この面を見落とす - 2017年には、アチェ州の森で撮られた「小さな人影」の動画が数百万回再生された。地元の人類学者は「森にいた小柄な人だろう」と答えている。話は今も新しい映像を取り込みながら生きている

編集部の考察:「見つからない」ことにも情報がある

オラン・ペンデクは、獣人型UMAの中でもっとも「まじめに探された」1つだ。編集部が注目したいのは、探す努力が増えるほど、証拠が増えるのではなく、説明できる動物が増えていったという流れだ。毛はバクだった。足跡は分析が続かなかった。カメラにはトラとウサギが写った。これは「いない」という証明ではないが、「すぐそこにいる」という期待とは逆向きの結果である。

一方で、目撃談そのものを「うそ」と決めつけるのも正しくない。マーティアもホールデンも、森をよく知る人だ。彼らが見たのがマレーグマか、テナガザルか、それとも本当に未知の何かか——それを確かめる方法は、今も1つしかない。体の一部か、はっきりした映像を手に入れることだ。

2025年にも英国の調査隊がスマトラにカメラを仕掛け、写ったのはトラだった。実在するなら、いつか写るはずだ。写らないまま時間が過ぎることも、また1つの答えになっていくだろう。


結論

問い現時点での答え
目撃はあるかある。100年以上、立場の違う人々から
物的証拠はあるか足跡の型と毛はあるが、未知の霊長類と示した査読論文はない
DNAは何を示したか公開された唯一の分析ではマレーバク
フローレス人とのつながりは年代と地理から見て、直接の生き残りとは考えにくい
今後の鍵は自動撮影カメラと、環境DNA(森の水や土から生き物のDNAを調べる方法)

オラン・ペンデクは、「いてもおかしくない」と「いる証拠がない」が、ちょうど釣り合っているUMAだ。だからこそ、100年たっても話が終わらない。スマトラの森とトラを守ることは、もしオラン・ペンデクがいるなら、その最後のすみかを守ることにもなる。答えが出るまで、森が残っていることを願いたい。

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◈ 編集部考察 SIGNAL ANALYSIS
同じ森で同じ人が仕掛けたカメラに、珍しいウサギやトラは写ったのに、オラン・ペンデクだけは写らなかった。探す努力が増えるほど、説明できる動物が増えていく。これは不在の証明ではないが、期待とは逆向きの結果として受け止めるべきだと思う。

タグ

オラン・ペンデク Orang Pendek スマトラ インドネシア クリンチ・スブラット国立公園 獣人 UMA ホモ・フローレシエンシス DNA分析 マレーグマ 未確認生物 2026年