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マットゥーンの怪ガス男1944——戦時下の町に現れた「麻酔をかける男」:13日間25件の報告は、新聞の記事量と一緒に増減した

翻訳公開日
2026年10月18日
原文公開日
2026年10月18日
原著者
PURSUE//JP 編集部
マットゥーンの怪ガス男1944——戦時下の町に現れた「麻酔をかける男」:13日間25件の報告は、新聞の記事量と一緒に増減した
◈ 日本語要約

1944年9月、アメリカ・イリノイ州マットゥーンで「夜の家にガスをまく男がいる」という報告が相次いだ。13日間で約25件、症状は甘いにおい、吐き気、一時的な脚のしびれ。警察は犯人もガスも見つけられなかった。翌年のジョンソンの研究は、新聞の記事量と報告数が連動していたことを示した。報告の経過、当局の揺れる見解、実在の犯人説と薬品説の弱点を整理し、報告の「数」が何を映すのかを検証する。

日本語翻訳

はじめに——戦時下の小さな町に現れた「麻酔をかける男」

1944年の9月、アメリカ・イリノイ州の小さな工業の町マットゥーンで、「夜、家に忍び込んで、甘いにおいのガスをまく男がいる」という話が広がった。新聞はこの男を「麻酔をかける侵入者」と呼び、のちに「マットゥーンの怪ガス男(Mad Gasser of Mattoon)」として知られるようになる。

被害を訴えた人は、においを嗅ぎ、吐き気や脚のしびれを感じた。しかし、警察は犯人も、ガスの正体も、物証も見つけられなかった。そして約2週間で、報告はぴたりと止んだ。

このできごとは、UFOでも怪物でもない。それでも編集部がここで取り上げるのは、「目撃や被害の報告は、報道によって増える」という、UFO・UMAの調査すべてに通じる問題を、いちばん早い時期に数字で確かめた事例だからだ。

マットゥーンの怪ガス男1944——夜の窓辺の人影と、新聞の記事量と報告件数の関係
マットゥーンの怪ガス男(PURSUE//JP編集部が作成したイメージ図)

第1章:最初の夜——何が「報告された」のか

資料によって日付は少しずれるが、流れはおおむね次のとおりだ。

日付(1944年)報告された内容
8月31日グラント通りの男性が、奇妙なにおいで目を覚まして吐く。妻は体が動かなくなった(資料によっては、これを最初の事件とする)
9月1日マーシャル通りのアライン・カーニー(Aline Kearney)が、夜11時ごろに強い甘いにおいを感じ、脚の感覚がなくなる。娘も同様の症状を訴えた
同日 深夜0時半ごろ夫のバート・カーニー(タクシー運転手)が帰宅し、窓のそばにいる男を見て、男は逃げた。背が高く、黒い服と体にぴったりした帽子だったという
9月5日ビューラ・コーデスが、ポーチに落ちていた白い布を拾い、においを嗅いで顔が腫れ、嘔吐。布からは症状を説明できる薬品は検出されなかった
9月10日1日の報告が最多の7件に達する
9月11日シカゴの新聞が「州がガス狂人を追う」と報道
9月12日前後警察が、虚偽の通報が多いとして通報の扱いを下げる

症状は、甘いにおい、口やのどの焼けるような感じ、吐き気、一時的な脚のしびれが中心で、全員が数時間で回復している。死者も、重い後遺症の出た人もいない。そして多くの場合、警察が到着するころには、症状は消えていた。

カーニー家には、当時としては大きな額の現金があった。そのため警察は最初、強盗の下見ではないかと考えたという。


第2章:町が「ガス男の町」になるまで

最初の報告のあと、新聞が大きく動く。地元紙『デイリー・ジャーナル・ガゼット』は、「麻酔をかける侵入者、野放し」という見出しで報じた(9月5日付とする資料がある)。この日は労働者の日(レイバー・デー)の連休明けで、新聞が出ない日が続いたあとだった。

その後の町の反応は、次のようなものだ。

- 武装した市民が、夜の見回りを始めた。警察は、見回りの市民が逮捕される可能性を警告した
- FBIが調べに入り、軍からは化学兵器の専門家も呼ばれた
- 窓の網戸が切られていた、足跡があった、鍵や口紅が落ちていた、という話が出てきた
- 「ドイツや日本の破壊工作員」「化学教師の逆恨み」「脱走した精神病患者」など、犯人についての説がいくつも語られた

当時はアメリカが第二次世界大戦のさなかで、多くの男性が戦地に出ていた。夜の家には女性や子どもだけが残されることも多く、「敵の工作員がガスを使うかもしれない」という不安は、まったく根拠のないものとも言えなかった。


第3章:数字で見る——ジョンソンの研究(1945)

この事件を有名にしたのは、事件の翌年に発表された研究だ。

イリノイ大学の学生だったドナルド・M・ジョンソンは、1945年に論文「マットゥーンの『幻の麻酔師』——集団ヒステリーの現地調査」を、学術誌『異常・社会心理学ジャーナル』(40巻2号、175〜186ページ)に発表した。

彼が行ったのは、新聞の記事の大きさ(平方インチ)と、同じ時期の被害報告の件数を並べて比べることだった。13日間で報告は約25件。結果は次のように整理されている。

見たものわかったこと
記事の量と報告数記事が多い日ほど、同じ日の報告が増える傾向があった
新聞が出ない日連休中の新聞の空白期間は、報告も止まった
報道の中身の変化「集団ヒステリー」の解説が載り始めると、報告は止まった

これが、マットゥーン事件が心理学の教科書に載る理由だ。「ガス男はいた」でも「いなかった」でもなく、「報告が増えたり減ったりする仕組みは、報道が作れる」ということを、数字で示したからである。

ただし、ここには限界もある。サンプルは13日間・約25件と小さく、「記事が増えたから報告が増えた」のか、「報告が増えたから記事が増えた」のかは、この数字だけでは分けられない。


第4章:当局の見方は揺れていた

意外なのは、「集団ヒステリー」説が最初から主流ではなかったことだ。

当時のマットゥーンの公衆衛生委員トーマス・V・ライトは、事件が進んだ段階で、「ガスを使う狂人が存在し、何件かの攻撃を行ったことは疑いない」と述べた。同時に、多くの報告はヒステリーだとも言い、「町全体がヒステリーで病んでいる」とも語っている。

イリノイ州犯罪鑑識局の責任者も、「麻酔剤のようなものの存在は本物だ」という趣旨の発言をしていた。一方、警察署長のC・E・コールは9月12日ごろ、近くの工場から出た溶剤(四塩化炭素やトリクロロエチレンなど)が風に流れ、パニックで症状が強まった可能性を口にしている。のちには、ある被害者が実際に嗅いでいたのがこぼれたマニキュアだったとわかり、集団ヒステリー説に傾いたという話も伝わる。ただし、この工場側は、症状を起こせる量の薬品はなかったと反論している。


第5章:「本物のガス男」説の検証

事件には、今も「実在の犯人がいた」とする説がある。2003年の著書でスコット・マルナは、ファーリー・ルウェリンという孤立した男と、ニトロメタンの使用を挙げた。だが、懐疑派の検証では、この話は「又聞きの又聞き」に近い逸話が土台で、公的記録での裏づけは確認されていない。

薬品説もむずかしい。クロロホルムやエーテルを使ったなら、家の空気(約25万リットルと見積もられる)を満たすのに数十リットルの液体が必要になる。小さな噴霧器では足りない。しかも、これらの薬品は一時的な脚のしびれを起こす物質ではなく、過量では呼吸が止まる。

説強い点弱い点
実在の犯人最初の1〜2件は、侵入者や強盗未遂だった可能性が残る物証がなく、13日で25件もの被害を一人で起こした説明がつかない
工場の溶剤近くに化学物質を扱う工場があった工場は否定。夜ごとに別の家へ届いた説明が弱い
集団ヒステリー報告の増減が報道の量と合う最初の症状の原因は、これだけでは説明できない

編集部の考察:「最初のきっかけ」と「増幅」を分けて考える

編集部は、この事件を「きっかけ」と「増幅」の2段階で見るのがよいと考える。

きっかけは、おそらくささいなことだった。何かのにおい、体調不良、夜の物音、帰宅した夫が見た人影。それが何だったのかは、今となっては確かめられない。

増幅は、新聞が担った。最初のカーニー家の話が「最初の被害者」として大きく扱われた時点で、読者は「ガス男がいる」という前提で自分の家のにおいや体調を見るようになる。戦争の不安も、その前提を後押しした。

この構造は、UFOの目撃の波にそのままあてはまる。たとえば、ロサンゼルスの戦い(1942)も戦時下の不安の中で起きたし、近年のドローン目撃が急に増える現象でも、ひとつの大きな報道のあとに通報が一気に増え、その多くが航空機や星など説明のつくものだったという経過をたどった。

大事なのは、「だから最初の報告はすべて嘘だった」と言うことではない。きっかけは本物かもしれないが、その後の報告の数は、きっかけの大きさを表していないという点だ。報告の件数だけで現象の大きさを語ることはできない。


結論

問い現時点での答え
被害の訴えはあったかある。約13日間で約25件。全員が数時間で回復
犯人・ガスの物証は見つかっていない
実在の犯人説は裏づけが乏しく、決定的な証拠はない
集団ヒステリー説の根拠は記事の量と報告数の対応(ジョンソン、1945)。ただし小さな標本
この事件が残した教訓は報告の「数」は、現象の大きさではなく、報道の大きさを映すことがある

マットゥーンの怪ガス男は、「正体が判明した事件」ではなく、「報告の増え方に説明がついた事件」だ。UFOやUMAの話を読むとき、目撃談の中身だけでなく、その話がいつ、どの報道のあとに増えたのかを見ることは、いまも有効な手がかりになる。

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◈ 編集部考察 SIGNAL ANALYSIS
最初の1件が何だったのかは、もう確かめられない。ただ、2件目以降は「ガス男がいる」という前提で自分の家を見た人たちの報告だった可能性が高い。UFOの目撃の波を見るときも、最初の1件の真偽より、その後の増え方を先に見たい。

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